ない、ことに……」
「えらく御執心じゃな」
「別に執心という次第でもござらぬが、飛騨の山々や、加賀の白山、白水谷には、これでなかなか隠れたる美人が多いとのこと。伝え聞く、悪源太義平の寵愛《ちょうあい》を受けた八重菊、八重牡丹の姉妹は、都にも稀れなる尤物《ゆうぶつ》であったそうな。また伝え聞く南朝の勇士、畑六郎左衛門|時能《ときよし》も、この地の木地師の娘に迷うて、紅涙綿々の恨みをとどめたそうな。すべて山中の女は、声清らかにして肌が餅の如く、色が雪のように白いと申すことじゃ。不幸にして我々、未《いま》だその隠れたる山里の美人に見参せぬによって……」
「は、は、は、故実まで研究しての上の御執心ではかなわぬ、いずれそのうち海路の日和《ひより》というものもござろう、気永く待つことじゃ」
「どれ、この辺で一休み」
それは、今まで兵馬と福松とが休んでいたところとほぼ同じ地点。
「それにいたしても、なんとなく……人臭いぞ……」
「人臭い?」
二人はお伽噺《とぎばなし》にある小鬼かなんぞのように、鼻をひこつかせて、そのあたり近所をながめているうちに、
「や! ここに――」
「そうら見ろ」
丸山勇
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