なら
板の間で踊れよう
板のひびきで
そうれ
三味いらぬ
[#ここで字下げ終わり]
呆《あき》れて聞いているうちに、兵馬もまた、なんとなくいい心持になって行くようです。
うたはくだらない鄙唄《ひなうた》だと思うが、女はさすがに鍛えた咽喉《のど》であり、それにきょうはいやなお客の前で、胸で泣きながら口で浮つくのとちがい、なんだか心に嬉しいものが溢《あふ》れて、全く商売気抜きで、思う存分うたってのけられるのが嬉しくてたまらないものらしい。だから声もはずむし、気は加速度に浮き立ってとめどがない。
そこで、おぞましくも兵馬なるものが、今はなんだか自分も浮き浮きして、女の唄の中に溶かし込まれて行くようでもあり、その唄が終るのが惜しいような気もして、もっと、もっと――と所望してみたいような気になっていると、
「聞き手があなたじゃ張合いがないけれど、でも、あなただって芸者のうたを聞いて悪い気持はしないでしょう――今日はわたし、全くつとめ気を離れてうたって上げることよ、ところがところですから、箱ぬきで我慢して頂戴――今度は新しいところをお聞かせしてあげるわ、これは、御贔屓《ごひいき》になった夕作
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