っと向き直って、そうしてツツンテンテンと口三味線をはじめました。
「聞いていらっしゃい、古いところからお耳に入れてあげるから」
 兵馬がいよいよもてあまして立っていると、女は練り上げた声で、
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宮の八兵衛は酒お好き
お酒三杯と嬶《かか》かえた
嬶かえた……
[#ここで字下げ終わり]
 その突拍子な調子を兵馬が呆《あき》れました。
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心やすやす安川を
向うに越ゆるは鍛冶屋橋
宮で角助、平湯で右衛門《えもん》さ
ドン、ドン、ドドロン、ドン
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 兵馬は呆れ果てているけれど、女はいい心持に、また調子を替えて、
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おちゃえ、おちゃえ
おちゃのうちの梨の木で
蝉が鳴く、何と鳴く
つまこい、つまこいと三声なく
おちゃえ、おちゃえ
あねさの腰の巾着は
びろどかな
びろどでないが、熊の皮
おちゃえ、おちゃえ
[#ここで字下げ終わり]
「それから今度は白川おけさ……」
と軽く手前口上をのべて、
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おけさよう
おけさ正直なら
そばにもねさしょ
おけさ猫の性で
そうれ爪たてた
おけさよう
おけさ踊る
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