いっぱい、芋《いも》の子を盛ったような人出です。それが口々に罵っている、竹槍を持っている、米友と馬とをのぞんで石の雨を降らしかける、それは前岸の光景と全く同じことです。
自分ながら落着いたつもりが、まだ血迷っていた。向きをかえたつもりだが、実はもう一ぺん廻り過ごして同じ方向に向いちまったか。あわて者が馬へ逆さに乗って尻尾《しっぽ》を見て、「おやこの馬には頭がねえ」と言ったが、乗り直して頭を見て、「尻尾もねえ」と言ったという笑い噺《ばなし》がある。そうでなければ大きな鏡仕掛で、あちらの幻像を、こちらへがんどう返しにうつし取ったものと見なければならないが、事実上、米友がどちらを向いて見ても、両岸が同じ光景だものですから、一時、どうしても、そこに馬の口を取りながら、立ちすくみの姿勢をとらざるを得ませんでした。
「わからねえ。わからねえ奴等だ」
それは、馬が駈けて行く方が用心するのは当然であるとしても、その用心か惰力《だりょく》かなにかで文句を言い、石の一つも投げてみようという手ずさみは、まあわかっているが、もうこの通り、馬も取鎮めてしまって、そうして穏かに曳《ひ》いて帰ろうてえのに、その
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