ら》という面、目という目は、みんなこっちばっかりを見合せていやがる――だから、この一匹の馬のためにあの人数が繰出されたと見るよりほかはねえ、大仰《おおぎょう》なこった。
 おやおや、竹槍を持ってるぜ、竹槍を林の如くあの通り揃えて持っている。こいつは驚いたな、タカが一匹の放れ馬のために、危ねえ!
 クルクル眼を廻して、驚いてながめているうちにも、礫の雨が絶えず降って来て、同時に向う岸で口々に、おれたちに向って何かを罵《ののし》りかけているようだが、ガヤガヤして何のことだか聞きとれねえ。
 米友としては、奔馬追及の目的は完全に達せられたことだし、たとい、彼等が無理無体に礫の雨を降らしたところで、ここでなにも、好んで、宇治山田の網受けの芸当をしてお目にかける必要のないところですから、その飛んで来る石の雨は片時も早く避けた方が賢いと思慮したものですから、おもむろに馬の口をとってこちらの岸へ戻って来ると、「発止《はっし》!」これはまた、どうしたことでしょう、今度は戻って来る方の岸から、礫の雨が飛んで来ました。
「こいつは驚いた」
 米友は馬の口をひかえて、戻り来る岸の上を見ると、そこにも土手の上
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