の稼ぎためた代物《しろもの》ではない。そうかといって、旅から旅を売られて歩くこの女が、始終こころがけてこの三百両を肌身につけて放さないということは、有り得べきことではない。恥かしながら自分としても、まだ三百両という耳の揃った金を手に取った覚えはない――これがあの有野村の暴女王の懐ろからでも出たことだと、さして不思議とするに足りないが、この女からここでこうして投げ出されてみると、兵馬は無言でこれをながめ去るわけにはゆかないでいる先《せん》をきって、
「あなた、吃驚《びっくり》していらっしゃるわね、びっくりなさるのも御無理はございませんが、御安心くださいまし、性《しょう》の知れたお金でございますから」
「どうして君が、そんな大金を持って出て来たのだ、それほどの金を持っていたなら、出立の前に、拙者にそれと打明けてくれた方がよかったのに」
「あの時にこれを打明けようものなら、物堅いあなたのことですから、元へ返せのなんのと文句をおっしゃるにちがいないから、退引《のっぴき》ならないように、ここまでわたしが重たい思いをして持って来ました。もう、あなた、へたな熊谷のように戻せの返せのとおっしゃっても駄
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