っくり一休みしてまいりましょうよ、ねえ、宇津木さん」
後からのたりついた女の旅姿が、甘ったるい声で呼びながら、ハッハと息をきりますと、前に立ってゆっくりと歩みを運んでいた若い武士《さむらい》の旅姿が、頷《うなず》いたまま無言でそこに立って待っています。
「ああ、せつない、負けない気で一生懸命に歩いても、やっぱりあなたにはかなわないわ」
と言って、女は秋草の老いた峠路の草原の中に、どうと腰をおろしてしまいますと、先に立って待っていた若ざむらいは、無言で、その老いたる秋草の中に立つ一基のいしぶみの面《おもて》に向って、瞳を凝《こら》したままです。
「何を見詰めていらっしゃるの」
「いや――このいしぶみに何か文字がある、それを……」
「何と書いてございますか」
「左様――淋《さび》しさや何が啼《な》いても閑古鳥《かんこどり》」
「ほんとに、淋しい道でございますね、誰も人が通りませんわねえ」
「そうです、この道は、加賀へ抜ける本道ではあるけれど、表通りの信濃、美濃方面へ出る道と違って、淋しいです」
「淋しいのがようござんすよ、いっそ加賀の白山まで、二人っきり人目にかからない旅がしてみたいわ」
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