人が旅に出かけるということを誰にも知らせないように、旅の用意を整えるだけのものでありました。
お銀様のために、その要求した五万両の金を、どうして、どのように送るかということの宰領は、一に老番頭の考慮のうちにあるのですから、伊太夫はかまいません。自分は、ちょっとした村の名主が、小前二三人をつれて伊勢詣りにでも出かけるくらいのいでたちで、屋敷のうちの者を選んでともとして、その翌々日、この屋敷を立ち出でたのです。
東海道を行こうか、木曾街道をとろうかと、最初は考えましたが、思いきって木曾路をとることにしました。
屋敷を出たのは夜でした。与八と太平は、村境を出ると釜無土手の尽きるところまで、提灯《ちょうちん》をつけてお送りして帰って来ました。その帰り途で、太平老人から聞くところによると、旦那様はあれで、今でこそ出不精《でぶしょう》でいらっしゃるが、若いうちはずいぶん旅をなされたもので、度胸もおありになるし、剣術や、槍や、柔術までも相当に御稽古を積んでいらっしゃる――それにおともの若いものも、みんな気も利《き》いているし、相当に引けを取らないだけの腕も出来ているから、旅先でも少しも心配にな
前へ
次へ
全439ページ中425ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング