を使って、
「殿様、お待たせ申しました」
 これに驚かされたのです。なお、くどく言えば、その流暢《りゅうちょう》な日本語の技倆に驚かされたのではない、その言葉を操る口元と、面《かお》を見て、あっと動揺したのです。
「お絹ではないか、貴様は……」
 あの化け物めが、すっかり髪を洋式の束髪に結ってリボンをかけ、服装は上をつめて下を孔雀《くじゃく》のようにひろげた、このごろ新板《しんぱん》の錦絵に見るそのままのいでたちで、澄まし返って「殿様、お待たせ申しました」がよく出来た! こいつが! と主膳は躍起となったが、まさかなぐり[#「なぐり」に傍点]つけるわけにもゆかない。するようにさしていると、その椅子へ納まり返って、洋皿や匙《さじ》を使う手つきが、もはや相当に堂に入っている。
 この新客が席につくと、今まで会話に酣《たけな》わであった士分と、商人と、それから洋人男女と、その他の者が一時みな、お絹の洋装の方に目をつけました。ところがこの女は、一向わるびれないのみか、むしろ場慣れのした愛嬌をふりまいて会釈をすると――
「マダム・シルク、ヨク似合ウコトアリマス」
 大商人の隣席にいた赤髯《あかひげ
前へ 次へ
全439ページ中394ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング