、ことに築地の異人館ホテルの牛の味と来ては、見ても聞いてもこたえられねえ高味《こうみ》でげす」
「ギュウというのは牛のことか」
「左様でげす――」
「一橋の中納言は豚を食って豚一と綽名《あだな》をつけられたくらいだから、牛を食っても罰《ばち》も当るめえ」
「罰が当るどころの沙汰ではございません、至極高味でげして、清潔無類な肉類でげす、ひとたびこの味を占めた上は、ぼたんや紅葉《もみじ》は食えたものじゃがあせん」
「そうか、牛というやつは清潔な肉かい」
「清潔でございますにもなんにも、こんな清潔なものを、なぜ日本人はこれまで喰わなかったのでげしょう、西洋では千六百二十三年前から、専《もっぱ》ら喰うようになりやした」
「くわしいな、千六百二十三年という年紀を何で調べた」
「福沢の書いたものでも読んでごらんあそばせ、あちらではその前は、牛や羊は、その国の王様か、全権といって家老のような人でなけりゃあ、平民の口へは入らなかったものでげす、それほどこの牛というやつは高味なものでげす、それを日本ではまだ野蛮の風が失せねえものでげすから、肉食をすりゃ神仏へ手が合わされねえの、ヤレ穢《けが》れるのと、わ
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