からねえ野暮《やぼ》を言うのは、究理学をわきまえねえからのことでげす」
「ふーん、日本は野蛮の風が失せねえから、それで肉食をいやがるのだと、これは笑い草だ、生き物の肉をむしゃむしゃ食う毛唐の奴の方が野蛮なんだ、勝手な理窟をつけやがる」
と神尾が冷笑しました。本来、びた公の言うことなぞは、冷笑にも、嘲笑にも価《あたい》しないのですが、こんなことをべらべら喋《しゃべ》るのは、何か相当の受売りなのである。文明めかす奴があって何か言い触らすものだから、こういったおっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]どもがいい気になって新しがる。それを金助の説として聞かないで、その当時の似非《えせ》文化者流の言葉として聞いて神尾が、冷笑悪罵となったのを、金公少々ムキになって、
「いや、神尾の殿様、お言葉ではげすが、毛唐が勝手な理窟をつけるとのおさげすみはいささか御了見《ごりょうけん》違えかとびた助は心得まする、第一、あっちは、すべて理で押して行く国柄でげして、理に合えば合点《がてん》を致しまする、理に合わないことは、とんと信用を致しませぬ、勝手な理窟を取らぬ国柄でげしてな。たとえば蒸気の船や、車のしか
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