津木様、うちの親玉にもたいてい呆《あき》れるじゃありませんか、きのう市場でもって、ちょっと渋皮のむけた木地師《きじし》の娘かなんかを掘出してしまったんですとさ、そうして、今晩から母屋《おもや》の方で一生懸命、口説《くど》き落しにかかっているんだそうですよ。ですからこっちなんぞは当分の間、御用なしさ、見限られたものですね」
それから、自分の枕許《まくらもと》に、だらしのない姿で立膝をしながら、若いのは若いの同士がいいか、また若いの同士では、食い足りないから、油ぎった大年増を食べてみる気になったりするのじゃないか、穀屋《こくや》のイヤなおばさんがどうの、男妾の浅公がどうのと、口説《くど》きたてたあの厚かましさ。
ところでその前の晩、戸惑いをして自分の寝間へ紛れこんだ怪しい奴がある。あれが、どうも、このいけ図々しい大年増を覘《ねら》って来て、戸惑いをしたものとしか受取れない。
「いかにも、そのがんりき[#「がんりき」に傍点]とやらいうならず[#「ならず」に傍点]者が怪しい」
「怪しいにもなんにも……」
福松はいっそう声を立てて、
「ほんとうに、あのお蘭のあまとがんりき[#「がんりき」に
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