ね……」
 おやおや、また風向きが変って来たぞ。兵馬が黙って聞いていると、
「色男てものには、お金と力は無いものと昔から相場がきまっているのに、あのイヤな奴、妙に色男ぶるくせに、あれで度胸があって、切れっぱなれがよくって、で、口前がなかなかうまいものだから――口惜《くや》しいわ。わたし、どうも、とうからお蘭さんと出来てるんだと睨《にら》んでいるのよ。相手がお蘭さんだからたまりませんわね、あの男前と……口前じゃたまりませんよ――」
 福松どのの悲泣がいつしか憤激となって、最初は口でけなしていたがんりき[#「がんりき」に傍点]なるやくざ野郎を、結局、度胸があって、お金の切れっぱなれがよくって、口前がいい、色男の正味を肯定するような口ぶりになってしまうと、今度は鉾先《ほこさき》がお蘭さんなるものの方に向って、しきりにそのお蘭さんをくやしがるものですから、兵馬は自然、過ぐる夜のことを思い起さないわけにはゆきません。
 つぶし島田に赤い手絡《てがら》の、こってりした作りで、あの女から夜中に襲われた生々しい体験を持つ宇津木兵馬は、その時のことを思い出すと、ゾッとしてしまいました。あの時、「ねえ、宇
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