と、お蘭さんという人はどうでしょう――足もとの明るいうちに真先に逃げてしまいました。抜け目はありません、恐れ入ったものですね、全くあの人には――あの人なんぞこそ、うんと責めてお調べになれば、きっと何かしら立派な種があがるに違いありませんわ。なにもあのお蘭さんが、糸を引いてあんな大事を持上げたとは言いませんが、あの人を除いてはこの事件の手がかりはつきませんね」
「うむ」
「わたしは、お蘭さんに泥を吐かしてみさえすれば、今度のことだって、あらましの筋はわかるにきまっていると思われてよ。ところがどうでしょう、悧口《りこう》じゃありませんか、どのみち、事面倒と見たから、あの方は、その晩のうちにこの土地をすっぽかしてしまいました。天性悧口な人は、どこまでも悧口に出来ていますのねえ。抜け目のない人は、一から十まで抜け目がありませんのね。それに比べると、わたしなんぞは、わたしなんぞは全く、この世の馬鹿の骨頂でございますよ」
と言って、芸者の福松は泣きじゃくりながら、ちょっと見得《みえ》をきるように面《かお》を上げて、兵馬を斜めに見ました。
「ふーむ」
「ふんぎりもつかず、引っこみもつかずにうろうろし
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