う、絶えて異象を現わすことはなかったのですから、この黒漆崑崙が、何も目的あって、いずれに向って飛び出したのだか、一向わかりませんでした。
お雪ちゃんの部屋まで抓み飛ばされた道庵のことは暫く問わず、この闇がようやく消え去って、東方が白み渡った時分になっても、竜之助も帰らず、米友も立戻って来なかったことは事実であります。夜が全く明け放れましたけれど、ついに二人はこの館《やかた》へは戻って来ませんでした。
しかし、朝の相当の時間になると、意外にもお雪ちゃんが起きて、窓の下の流しでしずかに水仕事をしているのを見ました。平常よりは蒼《あお》い面《かお》をして、全く病み上りの色でしたけれど、それでも立って流しもとで静かに水仕事をしている。それだけの元気があることによって、あの時の危急はけろりとしてしまっていることもわかり、それが米友の介抱の力もあり、道庵の医術のほどもありましたでしょうけれども、本来が何か突発的の急性のもので、事態の恐ろしかったほど、本質の危険なものでなかったことがわかるとすれば、とにかく一安心というものです。
道庵は――と見れば、一方の枕屏風の中――つまり昨夜、遊魂がそこか
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