も見えないけれど、さて、その突然なる朗詠に向って、何と挨拶をしていいか、ちょっと戸惑いをした形でいると、
「お母さん」
と、意外なるところから助け船ではないが、ちょっとばつの悪くなった気合を補ったのは、同伴の沈勇なる少年でありました。
「お母さん、この方は祇王様《ぎおうさま》じゃございませんか」
「何ですか」
「あの、六波羅《ろくはら》の祇王様なんでしょう」
「六波羅の祇王様」
 賢母が少年の言葉に駄目を押していると、美人がそれを聞いて、また朗らかに笑いました。
「ホ、ホ、ホ、坊ちゃん、あなたはよくわたくしを御存じでしたね」
「お母さん、あの、ほら、平家物語のはじめの方にある――」
「ああ」
と賢母も、はじめてうなずきました。そうすると美人は、わが意を得たりとばかり、
「おわかりになりましたね、わたくしが六波羅の平清盛の寵愛《ちょうあい》を受けていた祇王と申す女なのでございます」
「ああ、さようでございましたか、つい、存ぜぬ事ゆえ失礼をいたしました」
「失礼は私こそ、斯様《かよう》に身元がはっきりと致して参りました上は、なお包まずに申し上げてしまいましょう。都へ出て、清盛の寵愛を一身に
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