いわなければなりません。
 脱線と言い、無軌道と言ってみたところで、その行状がいかに滅茶であり、無茶であり、常軌を逸していたところで、それはまだ地上の区域に即しての行動にほかならぬのですが、墜落となってはもはや地球上の振舞ではなくして、無限の空間的行動、人類が二十世紀以後に至ってはじめて常識として受取ることのできた飛行機時代に至って、初めて現われたところの現象、でなければ日本に於ては元亨釈書《げんこうしゃくしょ》の記す時代に遡《さかのぼ》って、大和の国|久米《くめ》の仙人あたりにしか許されなかった実演、でなければそれよりさき、奈良朝時代に華厳宗《けごんしゅう》の大徳|良弁《ろうべん》僧正の幼少時代に於て現出された――それは、今般、ここらでお馴染《なじみ》になっている猛禽と同様、鷲《わし》のためにさらわれた幼児としての良弁僧正が経験した空中から地上への墜落、飛行機以前に於ても右様な実例、空中から地上へ人間が降るという右の二つの歴史に就いて考えてみましても、それは、今晩の道庵の身の上には甚《はなは》だ適切にはあてはまらないのです。道庵がまだ地上の代物《しろもの》であって、仙人の通力を授かっ
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