時に、ちらりと見えたあれなんだ。あれを出して引っかけて、そうして悪く落着きすまして面《かお》を撫でているという現象が、この男を理解しきっている米友にも不思議でならなかったのです。あんまりそれが不思議だものだから、米友は他の何事をも想いわたる隙がなく、竜之助の面ばかり見つめていると、
「米友さん、あなた、さっき、外で何をしていたの」
 今ごろになって、それはお雪ちゃんの声ですから、これにも米友が面くらわないわけにはゆきません。
 どこで、どんな面をして、今ごろこんなことを言えたものかと、振返って見直すと、納戸《なんど》のしきりからたしかに半身を現わしたお雪ちゃん――
 にっこり笑ってこちらを見ている面が、薄暗い光の中に、いやに艶《つや》っぽい。
「お雪ちゃん、お前こそ、どこで何をしていたんだ」
「わたし……」
「お前がいたのか、いねえのか、おいらは今まで気がつかなかった」
「先生がおいでになったものですから……」
「それからどうしたんだ」
「いろいろと……」
「いろいろと、どうしたんだ」
 米友は、いつになく険《けわ》しく眼を光らせてお雪ちゃんを見つめて、何事をか詰問するような調子に響き
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