踏んで、
「ばかにしてやがら」
と言いました。
「ばかにしてやがら」――しかしながら、誰もこの場で、米友をばかにしているものは無いのです。もし、米友をここでばかにしたものがありとすれば、それは子鷲を拉し去った親鷲でなければならないのだが、あの二羽ともに、米友に対して感謝こそすれ、ばかにしているはずはないのです。畜生の悲しさに、なんらの意志表示もしては飛んで行かなかったけれども、夜の中空を、羽風を切って飛び去る猛鳥の姿は、米友をして一種豪快の念に堪えざらしめていたはずです。ですから、「ばかにしてやがら」と言ったのは、飛び立って行った鷲の親子に向けて発した怨《うら》み言《ごと》ではありません。
 といって、この期《ご》に及んで、お雪ちゃんにとばしりを向けて剣突《けんつく》をくれてみよう理由はありませんから、結局、米友としては、的なきに矢を放っているようなもので、「ばかにしてやがら」――
 それはまあ、一種の自己冷嘲として見ればいいのです。だが、何の故に、この際、自己冷嘲を試みて自ら慰めるのかという論議の段になってみると、これまた分析が相当にむずかしい。
 何か、米友公には米友公相当の感情が
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