立退いて、乞食同様になって東海道を下って来た間、どのくらい自ら銭の無い旅の苦しみを味わわせられ、また一方、どのくらい銭の有り余る旅客の贅沢《ぜいたく》ぶりを見せつけられたか知れなかったのですが――この男は銭の有難味を知りながら、ついに銭の誘惑には負けたことがありませんでした。
米友は今、痛切にその事の記憶をよみがえらされたのですが、そんな思い出話をスラスラと、或いはベラベラと話し出す男ではありません。何とも名状し難い、こし方《かた》の道の思い出を、ガッチリと歯を喰いしばって縛りつけようと試みていたのですが、その事の想像の以外は、どうしてもお君のことにうつらないというはずはありません。
「あっ! いやだな」
米友が、思わずこう言ってうめいたのが、お雪ちゃんを少し驚かせました。
「どうしたのです、米友さん」
「どうもしやしねえが……」
と言いながら、米友がややあわてて、また事改まったように銭勘定にとりかかると、今度は不意に程近いところで、バサバサと聞き慣れぬ物音が起ったので、かえって米友が驚かされました。
「何だい、ありゃ」
と言っているところへ、続いて同じように、バサバサの音が前より
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