でのことで、沸騰すると同時に、鍋の蓋《ふた》のまわりから熱湯がたぎり落ちかかったのも当然であります。が、その沸騰の泡《あわ》が火の上に落ちて、そこで烈しいちんぷんかんぷん[#「ちんぷんかんぷん」に傍点]が起り、灰神楽《はいかぐら》を立てしめることは、甚《はなは》だ不体裁でもあり、不衛生でもあり、第一、またその灰神楽に、せっかくの静かな室内と新しい調度を思うままに攪乱《こうらん》せしめた日には、せっかくの新婚当夜のような新しい気分が台無しになるのです――そこは米友が心得たもので、いざ沸騰と見ると、飲みかけた茶碗を下へ置いて、つと猿臂《えんぴ》を伸ばして、その蓋をいったん宙に浮かせ、それから横の方へとり除けて、座右の真向《まっこう》のところへ上向きに置いたのです。
それがために空気の圧力も急に加わったものですから、沸騰力も頓《とみ》に弱められて、危なく灰神楽の乱調子で一切を攪乱せしめることを免れしめました。こういう早業にかけては、けだし米友は天才の一人であります。
さて、鍋蓋を取払って見ると、新鍋の中は栗でした。
さいぜんから暖められていた鍋の中のものは、栗が茹《ゆ》でられていたので
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