「おいらは絵を見に行ったわけじゃねえんだ」
「じゃ、そのうち出直して、一緒にまいりましょうよ、長浜見物に……」
「もう少し待ちな、今は世間が物騒だから」
「どうしてですか」
「どうしてったって」
 そこで米友は、今日経験して来たところの要領を、お雪ちゃんに向って物語ったのです。そうすると、お雪ちゃんが眼をまるくして、
「まあ――よく無事に来られましたねえ」
 容易ならぬ危難を突破して来た米友の冒険をはじめて知りました。
 そうしてみると、新婚当夜ほどの新しい気分を与えてくれる今晩の調度も、相当の犠牲なしには得られなかった恩恵であることが一層深く感ぜられ、お雪ちゃんは幾度《いくたび》か米友の労をねぎらって、やがてお芋の皮をむくことが終ると、お茶をいれ、お茶菓子を出して、二人で飲みはじめました。

         十九

 二人がお茶を飲みはじめていると、急に自在の新鍋《あらなべ》が沸騰しました。
 これは、あんまり二人が仲よく茶を飲んでいるものですから、新鍋が嫉妬《やけ》を起して沸騰をはじめたというわけではありません。
 もう煮え加減が、ちょうど沸騰すべき時刻に達したから沸騰したま
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