もとのじょう》が、何か感ずるところあって、仲間《ちゅうげん》一人を連れて不意に、古城の牢屋を見廻りに来ました。
「兵助《ひょうすけ》、兵助、兵助はいるか」
「はい、お呼びなさるのは、どなたでございます」
「丹野じゃ」
「これはこれは、お奉行様」
牢名主兵助が、立って戸前のところまで来ました。
元之丞が、
「兵助――無事か」
「はい、おかげさまで、無事すぎるほど無事でございます」
上目づかいにおとなしく返事をする囚人を、奉行は高飛車に、
「兵助、貴様も年をとったな」
「はいはい、年をとりましてございます」
「哀れなものだな、昔の元気はないな、その分では、目白籠《めじろかご》へ入れて置いてもこっちのものじゃ」
「へ、へ、へ、御冗談ものでございましょう、お奉行様」
と言って、獄中の人がはじめて冷笑しました。
「気にさわったか」
「御冗談もことによりけりでござります、お奉行様、兵助が年をとったと申しましたのは、往生を致したという次第じゃございません」
「なら、昔の元気が少しは残っているか」
「へ、へ、へ、万事若い時のようには参りませんが、お奉行様、兵助はおとなしくしているのが勝手でござい
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