ますから、こうして牢畳の上で日向ぼっこをして虱《しらみ》をとっているまでのことでございます、音《ね》をあげろとおっしゃるなら、いつでも兵助相当の音をあげてごらんに入れます」
「うむ、まだ音をあげる元気があったのか」
「早い話がお奉行様――このお牢屋なんぞは、どだい骨が細くって、朝夕の立居振舞《たちいぶるまい》にも痛々しくてたまらないんでございます、まあ、お奉行様の前ですが、ちょっと、ここんとこをこうしてみてごらんあそばせ」
 兵助はのこのこと立って来て、牢の一方の格子の角をゆすると、どうしたものか、その柱の一辺がガタガタと弛《ゆる》んで、見ていると、そこから人間が楽々と這《は》い出しかねない隙間をこしらえて見せました。
「ふーむ」
と、奉行は目をすましてそれを見る。
「お奉行様、年はとりましたとは言うものの、兵助もまだ四十台でございますよ、やれとおっしゃれば、こんなヤワな細工をおっぺしょって娑婆《しゃば》へ飛び出して、もう一働きも、二働きも、罪を作るのは朝飯前でございますが――何を言うにも、もう四十の坂を越しましてな」
「四十がまだ若いというのか、年をとり過ぎたと申すのか、わからん」

前へ 次へ
全227ページ中96ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング