ち来たされたような気持にならざるを得ません。
海の上に、波の音と風の騒ぎにのみ苦労をして来た身が、この大寺の森閑を極めたる一間に置かれてみると、昨日は昨日、今宵は今宵、二つの極端な世界を、両端から歩ませられている我が身を、我が身でないように感じました。
そこで急に落着いて眠ることができません。静かなところもいいが、急にあまり静か過ぎることは、また人の身心を安定せしめないことがある――なんだか、寝ぐるしいようだ。寝苦しさを妨ぐべき何物もないのに、寝つかれない。
なるほど静かなものだなあ、まるで四方千里、人烟《じんえん》を絶した山谷《さんこく》の中に置き放されたような心持がする。静寂といったところで海は直ぐそこだし、町も、城下も、そんなに遠いところではないが、洞然として森閑なる思いが身に迫るのは、寺が大きいからだ。
駒井は寝ながら、行燈《あんどん》の光で、高い天井と、がっしりした木口をながめて、今更のように瑞巌寺の規模というものを考えさせられざるを得ませんでした。
本来、駒井甚三郎は、科学工芸――ことに造船だの、新式兵器だのということに就いては、深甚《しんじん》なる研究も興味も持
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