も顔馴染がいくらもある。
 そういうわけですから、駒井は、極めて無事安全に仙台城下に着いて、まず養賢堂の学頭を通じて、このたびの来着の挨拶をすると共に、当分、この地――月ノ浦に船をとどめて、修補に当りたいことの諒解を求めると、順調にその要望が達せられて、幾多の便宜が与えられるようになったのは、痩《や》せても枯れても直参《じきさん》の面《かお》であることを、駒井がいまさら認めないわけにはゆきません。
 仙台の有志では、この不時の珍客を歓迎して、相当の集まりを催す計画が起りましたけれども、駒井は悉《ことごと》くこれを辞退して、養賢堂の儒臣が送ろうというのも辞退して、そうして折返し月ノ浦への戻り道、松島へ来て瑞巌寺を訪れると、折よく典竜老師が臥竜梅《がりゅうばい》の下で箒《ほうき》を使っていたのを見かけました。
「これは、これは」
というわけで、招ぜられて客殿へ通ると、つい話が面白くなりました。
 老師を相手の昔話や、今時の物語が面白くなってきたものですから、駒井は、今晩はここに一泊ということにきめました。
 その夜、この大寺の客殿の間にひとり寝かされてみると、今晩こそ、全く異なった世界へ持
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