城下の内外の隠密《おんみつ》が、密々のうちにいよいよ濃度を加えることほど、彼の身元が心もとないと言わなければなりません。
十四
こういう空気の真只中へ、駒井甚三郎がおともを一人連れただけで、仙台城下へ乗込んで来て、別段|咎《とが》めだてを受けなかったということは、不思議に似て不思議ではありません。
それは、駒井とこの土地とは、古い馴染《なじみ》があるからのことで、その由緒《ゆいしょ》を語れば、今より約十年以前、この仙台藩で開成丸という大きな船を造った時にはじまるのです。
その時に、江戸から三浦乾也が来て、仙台のための造船の一切の監督をしてやりましたが、当時、一青年学徒としての駒井甚三郎は、船を造る興味と研究のために、わざわざここへやって来て、その船で江戸までの廻航に便乗《びんじょう》したということがあるというわけでした。
ですから、駒井にとっては、この地は曾遊《そうゆう》の馴染があって、その当時、藩の要路にも充分の懇意があったものですから、相当の気安さで旅行もできるし、また石巻、松島、塩釜、仙台の間は、通学の往復路のようなものでしたから、少し立入れば、今で
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