ものですから、確証あってこの品と言い切るものは一人もなかったのです。
御家の宝物の品調べは、そんなようなわけで、何の根拠もない無責任な下馬評のはやるに任せているが、そのままで済まされないのは、この大胆不敵なる曲者《くせもの》の詮議であります。観瀾亭を中心として続々集まった諸士、顔役も、さすがにこの点は抜かりがありませんでした。
一方、御宝物が厳重なる守護をもって送り返される前後より、たちどころに非常線が張られたのは申すまでもありません。
「まだ決して遠くは逃げていない」
と、炭部屋もどきに、縁の下の藁《わら》の寝床に手を触れてみた一人の諸士が言う。
「さりげないことにして網を張っていれば、戻って来る」
そこを附込んで、虚をもって実を討たんと策を立てるものもある。
それに応じてまた一方、いずれにしても、この非常線の非常なることを知って、それに処することに抜かりのあるべき七兵衛でないことはわかっているが、事が全く予期しなかった流れ矢一筋から来ているだけに、存外、転身の自由が利《き》かないおそれはあります。
でも、その日の暮れるまでは、犯人がつかまったというなんらの報道もなく、仙台
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