ーしゅうーっと鳴りを立てて、七兵衛が甘睡の枕許に、鼠花火のように襲いかかり、枕許の風呂敷を被せた兜様のものにカツンと当って七兵衛の面を横倒しに撫でおろしたものがあったのには、さすがの七兵衛が夢を破られて、一時は全く周章狼狽しました。
何だ、もとより人間のお手入れではないし、そうかといって、鼠やいたちの類ではない。横倒しに倒れかかって自分の面を上から撫でおろした一件の物を、無性《むしょう》にかなぐりとって見ると、それは一筋の弓の矢でした。
「あ、矢だ!」
縁の下のいずれかの隙間から、この矢が流れ込んで、自分の枕許を脅《おびやか》したのだ。我ながら――人獣に備える心は不断に怠ったとは言えないが、まだ、ここで弓矢に覘《ねら》われようとは、さすがの七兵衛も予想していなかったことです。
その矢を握りしめて、半分起き直って見ると、七兵衛の頭を掠《かす》めたのは、この一筋の矢が――果して、自分のここにひそんでいることを認めて来り脅したのか、或いは何かのはずみの流れ矢か、その二つのうちの一つでなければならぬ。後のものならばまず安心だが――前のであってみるとこれはたまらない。
七兵衛は、素早く身
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