ただけですから、中の物体はよくわからないが、形だけは風呂敷を抜いた角々で相当に受取れる。それによって恰好を案ずると、どうやら、古《いにし》えの武将が着た兜《かぶと》のような形をしています。別に長い箱入りの軸物のようなものが二本――そんなのを枕許と横ッ腹に抱えて、七兵衛はすやすやと昼寝をしているのです。
七兵衛の寝息は、いかなる場合にもほんとうに軽いものです。いかに熟睡の時といえども、いびきというものを聞かせたことはなく、障子一重にいても、寝息そのものを感ぜしめたことはない。身も軽いけれども、天性、息も軽いのです。形そのものさえ見せなければ、他のなんらの気配によっても、自己の存在を、目と鼻の先の人にさえ知られるということのないように――すべてが出来ておりました。
そこで、誰に憚《はばか》ることなく、昼寝の甘睡を貪《むさぼ》っていること幾時――自分の存在を知らしめないだけの天地の上に、他の者の来襲に遭っては、針を落したほどの音にも眠りを醒《さま》すの機能を授かっている。こうして甘睡を貪っていたところを、思いがけなく、息もつかせずにこの梁上床下の天才を襲いかけた不敵者がありました。しゅう
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