づくろいをせざるを得ませんでした。
ともかくも自分の身だけを、いま寝ていたところよりは、ずっと一段の奥、海に近い方の親柱の一本を小楯にとって、身を伏せたまま、二の矢の受けつぎを、じっと見つめて息をこらしたものです。
まもなく外で人声がします――
「どこへそれた――」
「その植込の笠松の枝ではないか」
「塀の下を見い」
「燈籠《とうろう》の蔭――」
「雨落の中――」
「樋《とい》の間――」
「いずれにも見えませぬ」
「では」
「このお床下へ飛び込んだものに相違ござりますまい」
「なにさま」
「お床下だ」
二人のさむらいが来て、雨落の下でしきりに評定をはじめたが、もとより、七兵衛の耳へ手に取るように入る。
まず安心――それ矢だ、どこかこの近隣で弓を稽古していたさむらいの矢が一筋それてこちらへ飛び込んで来たまでのことだ。あえてこの七兵衛のあることを知って、試みに射込んだ探りの矢でなかったことは安心だが、外の評定はこれで終ったのではない。もとより二人のさむらいは、もう縁の下だと諦《あきら》めて立去ってしまったのでもない。まだ同じところに立って評定を続けている。
「ちと困ったことだ」
「
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