起ったに違いない」
「そんなことが、わかるものですか」
「だって、あたいは、もう二日というもの、あのおやじが、つかまって、縛られて牢屋へ入れられたところを夢に見た」
「ほんとに、いやなことばかり、茂ちゃん――何も悪いことをしない人が、縛られたり、牢屋へ入れられたりなんかするものですか」
「そうかしら、でも……」
「それに、白雲先生と、つい一昨日《おととい》、お話をしていたと申します、いやなことを言うものではありません」
「そうか知ら……」
 その時、田山白雲が、茂太郎の面を睨《にら》みつけるように見詰めて、そのくせ、心は玉蕉女史の家の離れのあの一夜のこと――王羲之《おうぎし》の秘本を土産に持って来ると誓った、夢のような、幻のような場面に集中しないわけにはゆきません。
 そうして、その夜の、あのおやじの怪挙動を、逐一《ちくいち》ここで話したがよいか、もう暫く話さないでおいた方がよいのではないか――と、猶予し、且つ思案せしめられました。

         十二

 問題の七兵衛は、その日は観瀾亭の床下に昼寝をしておりました。
 七兵衛が昼寝をするということは、盗人の昼寝という本文に合致す
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