ら、そのおよろこびはと、自分の趣味から、主人思いは細川の甲士と同様で、それに功名熱が煽《あお》りかけたが如何《いかん》せん――先取権はもう、その細川の甲士の上にある。
さりとて、どうも、このままでは引けない、ともかくもぶっつかってみようと、伊達の乙士は細川の甲士に向い、なにげなく、
「さても見事な筆蹟でござるが、拙者もこの道は横好き、なんとこの一巻を、拙者の好事《こうず》にめでてお譲り下さるまいか」
こう言って持ちかけてみたが、甲士は頭を縦に振らなかった。
「敵将の一番首はお譲り申そうとも、この一巻は御所望に応ずるわけにはいかぬ」
「それは近ごろ残念千万ながら、是非に及ばぬこと」
礼儀から言っても、名分から言っても、先方が譲らないと言う以上、こちらは、どうしても指をくわえて引込まなければならない。ぜひなく陣へ立戻ったが、残念で堪らないから、改めてその一条を主人政宗に向って物語った。
「それは残念無念――そのほうが我に見せたいと思うより以上、おれはその品を見たい、見ずには置けぬ」
そこで独眼竜は馬を駆《か》って、直ちに細川三斎の陣を訪れた。
「突然の推参ながら、たって所望の儀は、
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