を綴りはじめました。暫くして、
「女|賢《さか》シウシテ牛売リ損ネル……」
と、二三度、口のうちでつぶやきながら、筆の進行をすすめて思案の体《てい》――
「女賢シウシテ牛売リ損ネル……」
彼は、今、再三それを繰返して、
「はて、この故事来歴の出典は、どこであったかしら」
思案の種はそれでした。
「女賢シウシテ牛売リ損ネル」という俚諺《りげん》は、日頃、耳目に熟していながら、さて、これを紙に書いて、その解釈を附する段になって、神尾がハタと当惑したのであります。
この語の表現する意味は、女というものは、賢いようでも抜かりがある、いや、女の賢いのは、賢いほど仕損じがあるものだ、だから女の賢いのは危ない、女を賢がらせてはいけない――という戒《いまし》めになっているのだが、さて、これが出所はどこか、支那から来たのか、和製か、その故事来歴を知りたい、普通、会話として、常識としてでは、そんな詮議立てをしないでも通るが、著作として世に示すには、そんなことではならない。そこで、神尾が首をひねったのは、それを知るべく、いかなる参考書によったらいいかということの思案でした。
「曲亭の燕石雑志《えんせき
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