ざっし》なんぞにありゃしないか、あれは物識《ものし》りだから」
と言ってみたが、あいにく、ここにはその燕石雑志もない、三才|図会《ずえ》もない、どうも、この牛売リ損ネタ実例の出典に思い悩んでみても当りがつかないのであります。ついに神尾は一応断念して、
「明日あたり、市中の本屋をあさってみよう」
そこで筆をさし置いて、また庭の面をぼんやりとながめていました。
その時に、微風が吹いて来て、机の上を煽《あお》ると、さして強い風ではなかったけれど、半紙の薄葉《うすよう》を動かすだけの力はあって、二三枚、辷《すべ》るように、ひらひらと畳の上へ舞い下りました。
神尾が、あわててそれを抑えにかかった手先から洩《も》れたところには、「半生記」との題名が読まれる。
ははあ、著作といったのは、身の上を書いているのだな、しおらしくも、神尾主膳が自分の「半生記」の懺悔録でも書き残して置きたいという了見になったと見える。
それに相違ない、神尾の著作といったのは、かねてよりの宿望で、自分の父祖から、わが身の今日までの自叙伝を一つ書いて置きたいという、その希望が今日になって実現しかけたというわけなのです。
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