らば、こんな細筆を選ぶということはない。細筆をとる時は、何か実用あっての例外の場合のみであって、朝は木軸の大筆に、まずたっぷりと水を含ませることを楽しんでいたのですが、今日は、いきなり細筆を選んで、「ひとつ著作にとりかかる」とかけ声をしたところを見ると、筆の使用も、目途も、従来とは違い、翰墨《かんぼく》を楽しむというのではない、実用向きに使用して、この男がかりにも著作をする気になった動機というものがまた不審ではあるが、すでに今日から着手しようとおくびにも言い出したところを以て見れば、かねがねその下心はあったに相違ない。
神尾主膳は著作をすべからざるものだときめてしまう理由はない。この男が著作をする、それはやっぱり似つかわしからぬところの一つのものではあるが――現に旗本や御家人で、絵師や戯作《げさく》を本業同様にしている者もいくらもある。大名高家でも、立派な随筆を世に残している人もあるのだから、神尾にしても、かりそめにも著作でもしてみようという気になったことは、すでに閑居善事の第二段であるかも知れない。
下へ罫《けい》を入れた紙をあてがい、その上へ半紙を置いて、神尾は、さらさらと文字
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