は茂太郎の声。登も御機嫌がなおったと見えて泣きやんでいると、茂太郎の声色《こわいろ》めかした気取った声で、
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うんとことっちゃん
やっとこな
そうれつらつらおもんみれば……
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 そこで、登といわず、ばあやといわず、一同がやんやと喝采《かっさい》したその声を聞くと、船頭もいれば、大工も交っているらしい。やんやとうけさせた御当人を想像すると、これはどうやら団十郎をやっているものらしい。目口をかわかし、台詞《せりふ》をめりはらせて、大気取りに気取ったところが目に見えるようです。駒井もそれを聞くと、ほほえまれずにはおられず、なんとなく陽気な気分になるのです。
 そこで駒井も、自分もひとつその船室へ入り込んで見ようという気にまでなったが、かえって一同を驚かせて、せっかくの興を殺《そ》いではいけない――と、その前を音立てず素通りをしてしまいました。

         二十九

 それから駒井甚三郎は、歩廊の間を歩いて、コック部屋のところへ来ると、ここで金椎《キンツイ》君を見舞ってやりたい気になりました。それは今の団欒《だんらん》の中に、金椎とお松だけ
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