ながら、やがてひとり船室を立ち出で、甲板の上を静かに歩み出でました。
 外へ出て見ると、月ノ浦の夜に月はありませんでしたけれども、至って静かなものです。遠く松島湾の方のいさり火を眺めて、駒井甚三郎は満面に触るる夜気を快しとしました。
 船の修繕と、未完成の部分の工事、この地で大工に心あるものを雇いは雇ったが、どうも思うようにこちらの壺を呑込んでくれなくて困る。人手に不足はなく、みんなよく働くけれども、本来、こういう船の工事を扱う手心が出来ていないのだから仕方がない。明日はまたひとつ鍛冶屋を探し求めなければならない。機関部の工事を補足をするために、この辺から鍛冶屋を求め出して来なければならない。それはあるだろう、本当の鍛冶屋は探せば出てくるに相違ないが、それを生《なま》では使えない、一応|陶冶《とうや》教育を加えてから、傍についていて指導して使わなければならない。その手数がどうも容易のものではないが、それは致し方ない、と駒井が、そのことを思い及ぼすと、どうもあの不所存者のことが気になる。
「あのマドロスの奴がいれば、こういう時には全く役に立つ」
 やっぱり未練のような思いが残るらしい。

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