ら、この世の名残《なご》りとしゃれるようなしゃばっけも持ち合わせてはいない。ただ盲目的に着のみ着のままで飛び出して来たのだから、行当りばったり、行詰るにきまっている。行詰った時、最初の要求は、彼等にとっては死でなくして食である。少なくとも、ウスノロの奴め、雪時の熊のように、どこかへ食物をあさりに出るに相違ない。食物を人里へあさりに出たが最後、眼の色、毛の色の変った珍客――昔二ツ眼のある人物が、見世物の材料を生捕るために一ツ眼の人の島へ押渡ったところ、反対に二ツ眼のある人間が来たから取っつかまえて見世物にしてやれ、と言ってつかまってしまったというのと同じ運命に落つるにきまっている。白雲が最初、七兵衛おやじの影を捕えるのはかなり難儀であろうが、ウスノロの方は存外|手間暇《てまひま》がかかるまいと安く見ていたのが的中しました。彼は今、飢えに迫ってあの船頭小屋の中へ何か食物を漁《あさ》りに来たのだ。そして船頭親子に見つかってあの醜体だ。白雲は自分の想像の図星を行っているウスノロめの行動が、むしろおかしくなって吹き出したいくらいに感じたが、しかし、彼処《かしこ》で争っている三人の御当人たちの身に
前へ 次へ
全227ページ中185ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング