は、あのウスノロがこういうことをやり出すのは今に始まったことではない、あいつは本来がウスノロであって、ジゴマでもなければ、ギャングでもないのである。強盗殺人をしようの、詐欺横領をしようのというほどのたくらみはあいつには無いのだ。あいつが人を犯し、人から咎《とが》められることのかぎりは食《しょく》と色《しき》との外に出ないのだ。食といったところで、あれのは、いよいよ飢えに迫って堪えられなくなったところに至って、初めてノコノコと人里へ出て来て、その当座の飢えを凌《しの》ぐだけのものをかっぱらって来る以上の仕事はできないのだ。それから色、すなわち性慾のことだって、あいつのは、なにも特に巧言令色に構えこんで、色魔だとか、誘惑だとかいう手段で行くのではない、眼の前へ異性の女の肉のかおりがうごめいて来る時に、ついついたまらなくなってかぶりつくまでのものだ。
 今の事情が、またそれを証明させる。あいつ無闇に親船を駈落《かけおち》して来は来たものの、本来あの兵部の娘にしてからが、そんなに思慮の計算のあるやから[#「やから」に傍点]ではない、人の金を持ち出して、二十日余りに四十両の五十両のと使い果してか
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