雲、急に気がついたことがあると見えて、心急いだ人が電話口でお辞儀をするように、遠眼鏡を一層深くのぞき込んで、
「ア! ウスノロ! うすのろ[#「うすのろ」に傍点]だ、あいつだ……」
と、下にいる待合客のすべてがびっくりしたほどに一つの叫びを立ててしまいました。
 事実、白雲が絶叫したのも無理がありません。そう思って見ると、ことに遠眼鏡という視力の飛道具を使用して見れば、いよいよそれはそれに相違ないことで、眼の玉の碧《あお》いことはわからないが、髪の毛の唐もろこしの房のように赤いことが、はっきりとわかってくる。
 このウスノロの力の強いことは、さすがの白雲も一時はタジタジとさせられた体験がある。なかなかかいなでの老人子供の手に合うものではない。ああして立て直して返り討の形になり、二人に悲鳴を挙げさせているのも無理のないところだが、それはそうとしてあいつをここで見ようとは思わなかった。もとよりあいつを探しに出た目的の旅ではあるが、こんなところで、あんなことをしているあいつを、こうして発見しようとは思わなかった。
 何のためにあいつ、こんなことをしているのだ――それはわかっている! というの
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