和泉ヶ城をめぐりて、高館の下にて大河に落入る」という気象がここでピタリと来たから、それでこの文章をここで高らかに吟じてみたくなったのでしょう。それは昨晩の屏風に、無性に「ゆく春や鳥啼き魚の目はなみだ」と書いてみたかった心持、時は、秋であるのに、往《ゆ》く春の心が抑えきれなかったのと、同じ衝動でありましょう。
 そうしてまた、北上川なるものの相がいかにも汪蒙《おうもう》として、古調を帯びたところに、白雲の心胸が打たれないわけにはゆかなかったのでしょう。
 こちらへ来る間にも、荒川だとか、大利根だとか、那珂《なか》、阿武隈《あぶくま》、近くは名取川に至るまで、大小いくつかの川を渡っては来ているけれども、この北上川へ来て見ると全く違った感じ――どうやら奥州の夷《えびす》――更に遠くは日高見の国をまで眼前に思い浮べ来ったものと見えます。
 キタカミの文字がヒタカミの訛《なまり》であるという考証を仙台で聞いた。してみると、人文の未《いま》だ剖判《ほうはん》せざる上古、武内宿禰《たけのうちのすくね》や、日本武尊《やまとたけるのみこと》の足跡がある。キタカミとヒタカミは果して相通じているか知れないが
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