弟いずれが本家だかわからないくらいになっているのであります。
 今や北上川の渡頭の辺《ほとり》に立って田山白雲が歌い出したのは(むしろ唸《うな》り出したのは)――
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「三代の栄耀《えいえう》一睡の中《うち》にして、大門《だいもん》の跡は一里こなたに有り、秀衡《ひでひら》が跡は田野に成りて、金鶏山のみ形を残す。先づ高館《たかだち》にのぼれば、北上川南部より流るる大河也。衣川《ころもがは》は和泉《いづみ》ヶ城《じやう》をめぐりて、高館の下にて大河に落入る。康衡《やすひら》が旧跡は衣ヶ関を隔てて、南部口をさし堅め夷《えびす》をふせぐと見えたり。偖《さて》も義臣すぐつて此城にこもり、功名一時の叢《くさむら》となる。国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠打敷て時のうつるまで泪《なみだ》を落し侍《はべ》りぬ。
 夏草やつはものどもが夢の跡」
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 これは、やはりこの土地の形勢によってうつされた文章でないことはわかり切っておりますが、白雲はどうしても、これをこの場で歌ってみたい気持になったのは、「まづ高館にのぼれば、北上川南部より流るる大河也。衣川は
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