く、思案のはてが、いきなり、
[#ここから2字下げ]
ゆく春や鳥|啼《な》き魚の目はなみだ
[#ここで字下げ終わり]
と、ぶっつけ書きに、墨壺の水のゆるすだけを大きくなぐりつけて、そうしてその下に、魚と、鳥と、水と、木の枝とを描いて、ああこれでよしと心が落着き、ひとり感心しながら再び枕につきました。
何の理由で、田山白雲が特にこの句を認《したた》める気になったのだか、それはわかりません。ただこの場合、むやみにここへこの句を書いてみたくなったから、その衝動にかられて書いてみただけのものでありましょう。しかしながら、即興といっても、衝動といっても、人間は日頃心にないことを、自発的に発表するはずはありませんから、田山白雲は、日頃この一句が何がなしに好きで、記憶に溢《あふ》れていた結果と見なければなりません。
それでようやく、白雲の即興の昂奮もどうやら鎮静して、そうして枕につくや、ぐっすりと熟睡に落ち込んでしまいました。
二十六
その翌日、白雲は漫然と結束して宿を立ち出でると、早くも北上川の渡頭《ととう》の上の小高いところに立って、北上川の北より来《きた》って東南に
前へ
次へ
全227ページ中173ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング