の時に、あの男が、房州に残し置ける拙者の財産を、危急の場合にかき集めて、石巻の宿まであずけ置いたということだったが、そうだ、何といったかな、その宿の名は――そうそう、田代の冠者《かんじゃ》で覚えている、田代屋というのだ、その石巻の田代屋というのへ、房州に残し置いた拙者の財産を持って来て預けて置いたと、名取川であの男が確かに言った――この宿が、その田代屋ではないか、そうだ、田代屋だ、この帳面にある。
 急にその事を思いついた白雲は、番頭を呼んで、その由を申し入れてみると、番頭の言うには、確かにお預り申してあります――土蔵へ蔵いこんでございますから、只今、取り出してごらんに入れます。そうか――それはよかった。白雲はここで思いがけなく、房州で別れたわが子にめぐり会われるような喜びを感じました。
 土蔵から、その財産を取り出して来てくれる間のこと、田山白雲は、地図を按《あん》じて、追手搦手《おうてからめて》の二つの戦略を考えはじめました。
 追手というのは、七兵衛方面のことで、搦手というのは、ウスノロと兵部の娘の馳落方面のことをいう。この二つを、これからどう目当てをつけていいか、ここ石巻を策源
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