れで、せっかくのお前の好意に対しても、わたしはなんにも言えないの――けれども、有難うよ、お前は本当にいい犬ですね、いつもこんなにしてもとの御主人のお君さんを護っていたのですね。でも……お前ほどの神《しん》に通じた強い犬でも、それでも人間の運命というものは、どうすることもできませんでした、お君さんの身を守ったけれども、命を助けることはできませんでした。今、その親切を、わたしたちにしてくれる……どうして、わたしがここにいることがわかったのか、それをお前にたずねてみるのも野暮《やぼ》ですね、お前には、ちゃんと未然がわかる働き、神通力《じんずうりき》というものがあるって、みんなそう信じているから間違いはない、せっかくだけれど、ここは諦《あきら》めて、田山先生に御相談してからのことにしましょう。宿へ帰りましょう、もう先生も帰っていらっしゃるでしょうから……」
 思慮あるお松は、ムクのせっかくの加勢を得たりとして、あの臥竜梅の場の捕物の方へ引きかえすこともしないし、また、その人数が引きあげて行ったらしい方向をムクと共に追おうともしないで、ムクを従えて、大きな不安のうちに、一種の分別と、沈着とを以て
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