を踏むのです。
重ね重ね、呆《あき》れ果てている白雲も、玉蕉女史も、事の仔細は紛糾交錯《ふんきゅうこうさく》して何だかわからないが、そう言われてみると、自分たちは、たしかに岸を離れること遠きに過ぎたという感じだけは取戻しました。
二十一
ことがここに至っては、いかに逸興の詩人騒客《しじんそうかく》といえども、再び以前の興を取戻すことは不可能でしょう。
すべて、事は盛満を忌《い》むもので、今宵の風流は、最初から興が酣《たけな》わに過ぎました。こうなった以上、どのみち、舟を戻して興を新たにするよりほかはないでしょう――言わず語らず舳艫《じくろ》はしめやかにめぐらされました。
一方――どこをどうして泳ぎ着いたのか、ムク犬は完全に五大堂前の松島の陸の岸の上に身ぶるいして立ち上ると、そのまま息をもつかず、めざして走るところは、まさしく瑞巌寺《ずいがんじ》の境内《けいだい》であるらしい。
果して瑞巌寺の門内、法身窟の前の真暗闇《まっくらやみ》の中に、まっしぐらに走り入ると、その闇の中の行手から息せききって走って来る一人の人の姿と、ムクとが、バッタリと出会いました。
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