ません」
 白雲が囁《ささや》くと、果せるかな、歌い手が急に韻文から散文に直下して、それから演説口調になりました、
「皆さん、今晩の月を見て、皆さんのお心持はいかようにお感じなさいますか。昔の歌人は、月見れば、ちぢにものこそ悲しけれ、我身一つの秋にあらねど……とうたいました。御同様にわたくしもなんとなく、悲しい思いがいたします。これはおそらくどなたでも、同じ思いでございましょうと思います、日本の人も、唐《から》の人も、それから西洋の人も……西洋のゲーテという人はこう言いました、楽しい、悲しい昔の思い出が心に満ちて、わたしはこの二つの世の間に、ひとり今宵さびしくさまよいます――と。皆さん、人情には変りありません、古今東西――眼の色が違うからと言って、月の色は変りません、月を見て感ずる心は同じだろうと思いますが、皆さんはいかがです」
 これは、もとより、玉蕉女史に向って呼びかけたのでもなく、白雲に向って訴えたのでもないのです。月と海とを聴衆に見立てて、その波がしらに向って無心に演説を試みはじめたのです。
 かと思うと、格調急に変じて、
[#ここから2字下げ]
ゼ、クイン、オブ、ナイト
シャ
前へ 次へ
全227ページ中140ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング