心をせず、嚢中《のうちゅう》のものを取り出すように、無雑作《むぞうさ》にこれだけの詩を書いてしまったことに舌を捲かずにはいられません。婦人にして漢詩を作るということは、極めて珍しいことに属している。文鳳《ぶんぽう》、細香《さいこう》、采蘋《さいひん》、紅蘭《こうらん》――等、数え来《きた》ってみると古来、日本の国では五本の指を折るほども無いらしい。
だが、この当面の高橋玉蕉女史は、右の五本の指のうちのいずれに比べても、優るとも劣りはしない。更にその第一流と謂《い》えると考えざるを得ないで、そうして徐《おもむ》ろに酔眼をみはって、一応、右の絶句を黙読してから、さて、朗々として得意の吟声を試み出でようとしました。
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高閣崚※[#「山+曾」、第4水準2−8−63]トシテ山月……
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その発声の途端に、別の方から、また一つの吟声が無遠慮に飛び出して来ました。
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春江潮水、海ニ連ツテ平カナリ
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と、澄み渡った声で、白雲の出ばなを抑えたものがあったものですから、唖然《あぜん》として一時沈黙することのやむを
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