らしました。
お松は、それを、この場合、重大なる心抜かりであったように思われないではありません。この「失敗《しま》った!」の一語が、仏兵助という桶屋さんの口から出たならば、七兵衛おじさんの方にまだ脈があるのですが、万一この「失敗った!」が、七兵衛おじさんの口から出たものならばどうしよう。お松はその時、胸の上へガンと金槌《かなづち》をぶっつけられたような気持がして、もう、意地も、我慢も、見栄も、分別もなく、隠れ場から走り出してしまいました。
そうして、格闘の現場へ飛び込んで見なければならない気持に追われて、丸くなって飛び出したその出端《でばな》を、ふわりと抑えるものがありました。
「おや?」
それを払い除けようとしてみると、そのものが、いよいよ和《やわ》らかく、自分の面《かお》をすっぽりと包んでしまいました。
それは、誰か大きな人か、出家の身に相違ありません。その人が、お松のかけ出した出端を、その大きな法衣《ころも》の袖で、包んで抑えてしまったものだということが、直ちに分りましたけれども、その坊さんが誰であるかはわかりません。
ただ、こうして自分を抑えてくれたことに、充分の好意
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